法定控除
日本における給与計算の法定控除について、法律の観点から整理します。
法定控除とは、雇用主が従業員の給与から法律に基づいて差し引くことが義務付けられている項目になります。
- 所得税(源泉徴収税)
- 概要: 給与から所得税を源泉徴収し国に納付。
- 法的根拠: 所得税法(昭和40年法律第33号)第183条
- 計算方法: 国税庁の「給与所得の源泉徴収税額表」に基づき、給与額と扶養親族数で算出。
- ポイント: 毎月の給与額(課税対象額)から計算される。
月給は月額表、賞与は賞与用税額表を使用。
年末調整で精算。
- 住民税
- 概要: 前年所得に基づく住民税を給与から天引き。
- 法的根拠: 地方税法(昭和25年法律第226号)第321条の4
- 計算方法: 年額を12分割し、6月から翌年5月まで控除。
- ポイント: 特別徴収が原則。新入社員などは普通徴収の場合もある。
- 健康保険料
- 概要: 健康保険加入者の保険料を控除。
- 法的根拠: 健康保険法(大正11年法律第70号)第156条
- 計算方法: 標準報酬月額に保険料率(協会けんぽや組合健保ごとに異なる)を乗じ、事業主と折半。
- ポイント: 毎年定時決定で標準報酬月額を見直し。
介護保険料は含まれず、40歳未満の場合はこれのみ。
- 介護保険料
- 概要: 40歳以上65歳未満の健康保険加入者から徴収。
- 法的根拠: 介護保険法(平成9年法律第123号)第136条
- 計算方法: 標準報酬月額に介護保険料率(例: 約1.8%、保険者により異なる)を乗じ、事業主と折半。
- ポイント: 40歳の誕生日の前日が属する月から徴収開始。
毎年定時決定で標準報酬月額を見直し。
等級は健康保険料と同じ。
- 厚生年金保険料
- 概要: 厚生年金加入者の保険料を控除。
- 法的根拠: 厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)第82条
- 計算方法: 標準報酬月額に保険料率(18.3%)を乗じ、折半。
- ポイント: 毎年定時決定で標準報酬月額を見直し。
- 雇用保険料
- 概要: 雇用保険制度に基づく保険料を控除。
- 法的根拠: 雇用保険法(昭和49年法律第116号)第12条
- 計算方法: 給与総額に料率(例: 一般事業0.9%)を乗じる。従業員負担は一部(例: 0.3%)。
- ポイント: 毎月の給与額(賃金額)から算出される。
全体の注意点
- 標準報酬月額: 健康保険、介護保険、厚生年金は給与を等級化した標準報酬月額を使用。
- 控除順序: 所得税は社会保険料(健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料)控除後の額から計算。
- 法的例外: 労働基準法第24条の全額支払原則の例外として、法定控除および条件を満たした法定外控除が認められる。
法定外控除
日本において、法定控除(所得税、住民税、健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料、雇用保険料)以外を給与から控除する場合、労働基準法や関連法令に基づく特定の条件を満たす必要があります。
以下にその要件を整理します。
1. 労働者の同意
- 概要: 法定控除以外の項目を給与から差し引くには、労働者本人の明確な同意が必要です。
- 法的根拠: 労働基準法第24条第1項(賃金の全額支払原則)では、賃金は全額を労働者に支払うことが義務付けられており、例外として控除するには同意が求められます。
- 条件:
- 同意は書面(雇用契約書、給与控除同意書など)で明確に記録される必要がある。
- 同意は自由意志に基づくもので、強制的なものであってはならない。
2. 労使協定の締結
- 概要: 労働者の同意に加え、労使協定を締結することで、一定の控除が認められる場合があります。
- 法的根拠: 労働基準法第24条第1項但し書き(「法令に別段の定めがある場合又は当該労働者の書面による協定がある場合」)。
- 例:
- 社宅費や寮費、食事代などの福利厚生費。
- 労働組合費(チェックオフ)。
- 条件:
- 労使協定は労働者の過半数を代表する者(労働組合がない場合は過半数代表者)と締結。
- 控除項目、金額、方法を具体的に定める。
3. 合理性と明確な基準
- 概要: 控除する内容は合理的で、労働者に事前に明確に説明されている必要があります。
- ポイント:
- 控除額が過大で生活を圧迫しないよう、賃金の一定割合を超えないなどの配慮が必要。
- 控除の目的(例: 制服代、会社貸付金の返済など)を労働者に明示。
具体例と要件
- 社内預金や積立金: 労働者の同意書と労使協定が必要。
- 会社貸付金の返済: 貸付時に返済条件を明記した同意書を締結。
- 損害賠償や過払い金の調整: 労働者の故意・過失による損害の場合、同意が得られれば控除可能。ただし、全額控除は避け、分割払いなど合理的な範囲に留める。
注意点
- 強制控除の禁止: 同意や協定がない場合、法定控除以外を差し引くと労働基準法違反となり、罰則(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金、労働基準法第120条)が科される可能性がある。
- 事前通知: 控除内容を給与明細などで労働者に明確に示す義務がある(労働基準法第89条に基づく就業規則の記載も推奨)。
- 上限の考慮: 民法第509条(賃金の差押え限度)にならい、控除後の手取りが生活保護基準を下回らないよう配慮する慣行もある。
まとめ
法定控除以外を控除するには、①労働者の書面による同意、②必要に応じた労使協定、③合理性と透明性の確保が必須です。
これらを満たさない控除は違法とみなされるため、慎重な手続きが求められます。